●鳥取県

 ●黒坂発電所
 ●芦津発電所
 ●新大呂発電所
 ●大内発電所
 ●用瀬発電所
 ●安蔵川発電所
 ●旧川中発電所
 ●旧金屋発電所
 ●日野川第一発電所
 ●佐治発電所
 ●根雨発電所
 ●畑発電所
 ●富沢発電所
 ●大村発電所
 ●別府発電所
 ●新日野上発電所
 ●旧日野上発電所

●島根県

 ●北原発電所
 ●川手発電所
 ●三成発電所
 ●仁多発電所

●広島県

 ●川西発電所
 ●落合発電所
 ●府中発電所
 ●藤尾発電所
 ●三川発電所

●兵庫県

 ●千種発電所



県外の発電所シリーズ

斐伊川水系斐伊川 島根県企業局 三成発電所

島根県仁多郡奥出雲町(旧仁多町)三成
形  式:ダム水路式
発電開始:1953年10月

出  力:2830kW
使用水量:6.00立方メートル/秒
落  差:58.76メートル


わっちは奥出雲町の蕎麦が好物で年に3〜4回ほど食いに出かけます。その時この発電所の横を必ず通るんですけど今まで素通りしてました。しかしこの方面に首を突っ込んだとなればねー 撮影してきましたとも。

このルート沿いには他にも発電所が多数ありますんで県外編コーナーを作りまして追々掲載して参ります。これが発電所正面。島根県営の発電所としては一番古いらしいです。1953年というと岡山県の県営第一号である旭川ダムより古いことになりますねー

水圧鉄管とサージタンク。島根県が発電事業を始めた理由はズバリ県の近代化、その一心だったみたいです。当時中国電力が島根県で作った電力は半分以上他県へ持ちだされてたそうで、これではいかんいうので県営発電所を計画したそうです。

工場を誘致して県の近代化を図るためには十分な電力を用意せんといかんいうわけ。昭和42年発行の県史を読みますと「本県の後進性」いう言葉がたびたび出て来ます。旭川発電所も工場誘致が目的でしたけど島根の方がより切実だったようです。

放水口と屋側鉄構。そんなわけで県営発電所を造ってみたものの電気は中電へ売電しますんで結局4割方他県へ持ちだされてしまい意のごとくならず…いうのが実情らしいです。電気事業に限らず島根や鳥取の県史や郷土出版物にはこの辺の悔しさが至る所に滲んでおりまして読んでますと申し訳ないような気持ちになりますわ。

わっち共山陽側、太平洋側の見方からすると悪者にされがちな田中角栄や竹下登も日本海側の受け止め方はまた別…いうのを岩波新書の「裏日本」いう本で読んだことがあります。最近でいうとコイズミですねー 首都圏ではどうか知りませんがわっちの周囲ではあのヤローをよくいう人はほとんどおりません。岡山に限らず「地方」ではどこでもそうでしょう。それと同じようなことちゃうかな…思います。以上雑談でした。


斐伊川水系斐伊川 三成ダム

島根県仁多郡奥出雲町(旧仁多町)三成
高さ:42メートル


このダムは国道のすぐ近くにありまして同じく蕎麦めぐりの度に横を通ります。以前一度見たときはただのダムくらいにしか思いませんでしたが今や事情が変わりました。見る目で見ますとなかなか凄いものがありますわ。

この日は下へおりる道が通れましたんで歩いてみました。下から見ると一種異様な迫力を感じますねー 縦方向の構造物がゴツいのと築50年オーバーの古さがその出所ですわ。長さはあまりないのに鉄ゲート付きの洪水吐が8門も備わってましてさらに箔を付けてます。

こちらスキージャンプ式の減勢工ですが銘板を見ますと土砂吐きになってました。近寄って見ますとダムの形およびコンクリの色や傷み具合が古代メキシコの石造遺跡を思わせる呪術性すら漂わせてまして、同じ日に訪ねた新築の三室川ダムとは全く対照的。

減勢工の先端部。おっさんがなにやら作業してますがコンクリがゴツいので近くにいても人が小さく見えます。この減勢工は手前に1本、奥に2本の合計3本も備わってます。

取水口。ご覧の通りここはアーチダムです。実はこの三成ダムこそ日本最初のアーチダムらしいんです。そんなえらいもんとは全然知りませんでしたわ。しかしアーチダムは使うコンクリが減らせるのがメリットのはずなのにここはコテコテのコテ盛りに使うてますねー

これは2003年7月の写真。たしか台風通過の翌日だったので洪水吐から派手に放流してました。ダムの向こう側には堤体に窓付きの部屋が作り付けになってますねー いろんなところに個性が輝きまくるファン必見のダムでした。


県外の発電所トップへ

本ページの全著作権は著者が保有。転載盗用一切おことわり。アイデアの寸借もやめて下さい。

inserted by FC2 system