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旧加茂町役場前から倉見川を黒木ダム方面に遡ってますとこんな光景が目に入りました。加茂町史で見覚えのあるこの建物こそ黒木ダム建設で廃止になった中国電力旧倉見川第二発電所の廃屋です。
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戸賀地内に発電所があったことはわかってましたけど廃止されてから40年。石垣くらいなら残ってるかな…とは思ってましたけどまさか建物が現存しているとはねー ぜんぜん予想してませんでしたので驚いて車を止めた次第。
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近寄って見ますと戦時設計丸出しの建物です。わっちが思うに戦中の建物は実に廃虚映えがしまして不気味さ満点。このときの天気は降ったりやんだりでしたが光線の具合がちょうどよかったみたいでわっちの安物デジカメでもこの通り廃虚ムードたっぷりの写真が撮れました。
手前の石垣の上に後述する黒木ダム建設用変電設備があったらしいですが今は民家の敷地になってました。
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妻面には電力線の引出し口と渡り板が付いてました。建物が一段高くなっているこの部分は変圧器か何かが入ってたみたいですが屋根が落ちてしまってまして今は全くの青天井。
この発電所は中国地方の電力会社が戦時統合して出来た中国配電によって1944年4月10日着工されましたが戦争激化で中断しまして発電開始は5年後。元々あまり水量がない川ですんで大した発電量が期待できないうえに戦中でもあり水車発電機と水圧鉄管の一部は広島県の広発電所が機械を代替えした際の発生品が使われたそうです。
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反対側の妻面。壁にバットレスが付けられてますねー
廃止の2年前この建屋の北隣に上述した黒木ダム建設用の変電施設が作られました。発電所が廃止になったあともそこだけは1ヶ月ちょい稼働していたそうですわ。またこの発電所の送電線を建設現場への電力線として利用したそうです。要するに生前はおろか死後まで自分の仇に塩を送っていたことになりまして少々の不憫さを感じますねー
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発電所を廃止しても建物に引き取り手が付いた場合は取り壊さなかったみたいでこの廃虚も酒屋か何かの倉庫に使われてたらしいですが今は雨がダダ漏れで朽ちるままになってました。
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放水口の跡らしい遺構。戦時設計とはいえ堂々とした体躯の発電所ですがご覧の通りの水量ですんで黒木ダムがなかったことを考えに入れても実際の発電量は500がせいぜいだったと思われます。ですんで中国電力も黒木ダム建設時の廃止交渉にあっさり応じたんでしょうねー
建設のタイミングといい中古品で間に合わされた事情といい短い活躍期間といい敵に塩のエピソードといい見切りの付けられ方といい、この発電所は生まれつきあまり報われない身の上だったのかも… 廃虚いうのは見てるとやりきれない気持ちになるもんですがここは保存も取り壊しもせず自然に任せておくのがええような気がしますわ。
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発電所跡へ渡る橋。これも戦時設計と思われますが今でも現役で使われてました。粗製乱造のイメージがある戦時製品ですが建築物に限らず船や機関車でも意外と長持ちする例が多かったようです。
なお記録によると中国配電時代に倉見川「第一」発電所が最大2400kWで計画されてたそうです。しかしこのか細い川でメガワット級の水路式発電所を2つも回すのはムリがあったらしく実現には至らなかったみたいです。
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