 |
今は平成堕合併で庄原市になっております旧東城町は広島県ではありますが高梁川水系に位置しております。したがって岡山県との結びつきが古来から強かったみたいで今でも中国銀行の支店がありますし鉄道もJR西日本岡山支社備中鉄道部の管轄です。
あと新見と東城に同じ名前の中華屋がありまして濃ゆ旨の牛スジ煮込みがたまりまへんっっ
…その東城町の外れにある小さな発電所。場所はR314旧道を西城向きに走ってT字路突き当たりのド真ん前です。
|
 |
角度を変えてみた様子。小さいながらキュービクルと屋外鉄構が備わって発電所らしい眺めですねー
この発電所は地場の小企業が作ったものですが上記の理由でか岡山県の電力会社に合併されました。実際の段取りはまず岡山電燈が東城水電を子会社化→岡山電燈が山陽中水と合併→東城水電が山陽中水と合併いう流れです。
|
 |
水圧管路。左がヘッドタンクですが建屋の屋根より低いですねー 地元の会社が地元の川で電気を起こして地元で使う地産地消発電所だったわけですが中電になった今でもたぶんここで作った電気は東城町内で消費されてると思います。
|
 |
人工物いう感じが全然しない放水口(矢印)と余水路。ほんの少し町中心部から外れているだけなのに薄ら寒いコンクリの護岸がなくほぼ自然の川でした。
|
 |
発電所前の橋から取水えん堤方向を遠望。矢印の辺にえん堤があります。左に見える石垣は導水路。余水吐きの少し上流に砂礫で出来た突出部分がありますねー 地質と侵食の加減や思いますがこういう珍しい景観も自然の川ならではですし、いつまでもこのままで残しておいて欲しいと他所もんながら思いますわ。
|
 |
こちらヘッドタンクの裏側。水圧管路のタンクいうのは峨々たる山のあなたの空遠く…にあるのが普通で手も足も出せんもんですがここはこの通り。こんな親しみやすい発電所は初めてですわ。
|
 |
そして水路はこんな具合。田んぼの真ん中に石垣を積んで水を通してました。身近さといいわかりやすさといい規模の小ささといいまさに町のポケット発電所いう感じですねー 軽便鉄道を思わせるムードがすっかり気に入りました。
|
 |
これはえん堤手前にかかる橋。矢印は第二沈砂池です。またまた砂礫が侵食された奇観の登場。スフィンクスみたいな形に削られてますねー てっぺんには甌穴もありましてこれは地質学の方で話題になってそうな感じ。
|
 |
その第二沈砂池。発電用水は右から左に流れてまして水門は川への余水吐きです。
|
 |
田んぼの畦道に見えますがこの下にトンネル水路が仕込まれてます。位置および流れの方向は矢印の通り。先っちょにある第二沈砂池がおわかりいただけると思います。
|
 |
えん堤が見えて参りました。十分すぎるほど降ってますんで水が全幅にわたって越流してまして堤体は全然見えませんねー 手前は第一沈砂池。頑丈そうな石積みですねー
|
|
ところでこういう石積みで水路を作ること自体は大昔からずっと続いていたことですから当時としても別に珍しくない工事だったと思いますがこれで電気が出来る…いうのは初めての体験だったはずで、大正の昔この作業に当たった土方や人夫は土を掘り石を積みながら「ほんまにこんなんで電気が点くんじゃろうか…」と半信半疑に思ってたんやないでしょうか。そもそも「電気いうて何じゃろうか」いう人が多かったかもわかりませんしねー
わっちが初めてパソコンで通信を始めた時は電話線でデータがやり取りできることが不思議でしょうがありませんでした。水で電気が出来ることも最初は同じような受け取られ方やったんちゃうかな…と想像しています。
|
 |
えん堤側からトンネル水路入口を望む。左側に余水吐きがあります。石造りの水路に沿ってご覧の通り杉が植えられてまして何となくしめやかな雰囲気。大きなお宮の参道みたいですねー
|
 |
沈砂池の余水吐き付近からえん堤方向を見た様子。水路の真ん中に横たわる棒には網みたいなものを吊るしてました。余水吐きに水を誘導するためなんかゴミ取りのためなんかはわかりません。
|
 |
ほぼ同じ位置から見た堤体全景。発電用水を認可一杯抜いても全然問題なく豊富な水量が轟々と堰を越えていきます。水力発電所はこれくらいのバランスで取水するのがええと思うんですけどねー
|
 |
対岸の道から見たえん堤。魚道と白い看板(水利標識)の間に取水口があります。看板の上の方に道みたいなのが見えるのはJR芸備線。
まさに渓流岩を噛む山里の川らしい眺めですねー この発電所では人間が川から根こそぎ水を横取りする暴力的なムードは感じられませんでした。川は大事にせんといかんですわ。
|