●中国電力

 湯原えん堤発電所
 湯原第一発電所
 湯原第二発電所
 勝山第一発電所
 勝山第二発電所
 作西発電所
 富発電所

●岡山県企業局

 旭川第一発電所
 旭川第二発電所
 寄水発電所
 真加子発電所

●自家用

 高山川発電所



旭川水系旭川(A)・新庄川(B) 中国電力 勝山第二発電所 その1

岡山県真庭市(旧真庭郡勝山町)横部
来  歴:日本発送電→中国電力
形  式:水路式
発電開始:1944年9月
出  力:A) 2300kW B)7000kW
使用水量:A)7.80m3/s B)6.63m3/s
落  差:A)36.43m B)128.30m


広域図 by Mapion

取水えん堤へ行く沈砂池と潅漑分水施設を見る


姫新線中国勝山駅から湯原温泉の方に向かうと最初に現れるのがこの発電所です。

開設された年が年だけに戦時設計ムードが漂ってますねー もしかしたら建屋は竹筋コンクリ製かもわかりません。路上観察(on Google Earth)

ご覧の通り高低2本の水圧鉄管が刺さってますけど右は勝山第一で使った水のリサイクル+別に取った旭川の水、左ははるばる旧美甘村から運んできた新庄川の水。

これはですねー もとは別々な電力会社の別々な発電所になる予定やったらしいんですわ。それが着工前に両社とも戦時統合でまとめられてしまったので水路も一緒に束ねられたいうわけ。 路上観察(on Google Earth)

二つの川の水は別々の発電機を回してるらしくデータ部分のAが旭川取水分、Bが新庄川取水分の数値。要するに一つ屋根の下に二つの発電所があるという理解でOKみたいです。

先に完成したのは新庄川水路の発電機で1942年運転開始。次に勝山第一の放水リサイクル分が1945年に動き出して、山久世ダムからの取水分は終戦後の1950年にやっと運転にこぎ着けています。

低いほうの水圧鉄管は水路を見ることが出来ました。これはヘッドタンクです。左手に越流堤が見えますねー 水路の上を斜めに跨いでいる橋みたいなのは新庄川側ヘッドタンクの余水路。その向こうに大きなゴミ取りスクリーンとコンベヤらしきものが見えます。

こちら余水路の様子。奥の方にトンネルの口が見えますねー 左側がそこから続く新庄川側の余水路。右のスロープが上写真の越流堤から来た旭川側の余水路の擁壁です。

これは放水口。3つありますがこの日稼働していたのは1つだけでした。こっちに向かって開いている口が上の余水の出口になるみたいです。

対岸から見た放水口。牧ダム山久世ダムで取られた旭川の水はここで返してもらえます。撮影ポイントが工事中だったもんであんまりええように撮れませんでした。

崖崩れの補修&土留めの工事を放水口の真上でやってますねー この国道は2車線ですが毎年毎年崩れては直し、また崩れては直しの繰り返しです。崩れるのは一瞬、直すのは3年くらい。

引き続き旭川側の水路へとご案内いたします。上のヘッドタンクの写真を撮った位置は水路を跨ぐ橋でして、その場で反対側を向くとこういう感じ。 トンネルから真っ直ぐ発電所に向かって水が流れてきています。水路を横切ってるのは郷土の誇りニッカリモノラックのレールですわ。

モノラックいうのは要するに簡易モノレールでゴルフ場や果樹園なんかでよう使われてますけどここでは高いほうのヘッドタンクへ資材を運んだりゴミを下ろしたりするのに使うてるみたいでした。たぶん人も乗るはずです。荷物担いで山登りいうのもたいへんですからねー

トンネル出口付近はこうなってました。コンクリの水路橋ですわ。小さな沢を3連くらいのアーチで跨いでます。戦時中でもセメントは気兼ねなく使えたらしくて肉厚のどっしりした造りです。

こちらは日本の滝百選の一つ、名勝神庭の滝に通じる道路にかかる謎の構造物。バスツアーの組み込み観光地ですんで滝を見に行く人は数多かれどこの橋に気付く人は稀だと思います。またその場合でも「汽車かな…」くらいに思われる程度でしょうけどこんなところに鉄道はありまへん。実は発電所へ行く水を渡してるんですわ。

神庭の滝を訪れる機会がありましたら60年の風雪に耐えて黙々と水を通し続けているこの武骨な水路橋にもご注目いただきたいと思います。ついでながら戦前の鉄道興隆期に中国勝山から倉吉に抜ける鉄道が計画されることはされましたけど当然実現はしませんでした。それでは取水えん堤に参りますか。

取水えん堤へ行く
沈砂池と潅漑分水施設を見る


本ページの全著作権は著者が保有。転載盗用一切おことわり。アイデアの寸借もやめて下さい。

inserted by FC2 system