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県外の発電所シリーズ 遺跡編

千代川水系千代川 中国電力 旧金屋発電所 その1

所  在:鳥取県鳥取市用瀬町(旧八頭郡用瀬町)金屋
来  歴:鳥取電燈→中国合同電気→山陽配電→日本発送電→中国電力→1981年3月24日廃止

形  式:水路式
発電開始:1916年8月

出  力:540kW
使用水量:2.80立方メートル/秒
落  差:23.6メートル

その2はこちら


用瀬発電所がある千代川の右岸に細い道が這っております。これをゆるゆる上流に向かって走ってますとお年寄りが散歩しておられまして、車を止めて伺いましたらまさにこの道沿いに発電所の跡がある…いう話を聞き込みました。

これがその現場。RAV4と薄金色のちっこい車が止まっておりますが、ちょうどその位置にコンクリの構造物が見えてますねー

これがそのアップ。これこそ旧金屋発電所の水圧管路に違いありませんわ。それにしても何や生活感のある水圧管路ですねー

向きを変えてみた様子。廃止後に個人のお宅へ売却されたのか分かりませんけどすっかり農村ムード。それだけにコンクリの管路が異様さを発散しております。

右の太い管路がもともとの400kW分、左の細いほうは1921年8月に増設された140kW分や思います。

管路の脇にある階段。古び具合が何とも言えませんが目地の詰まった石垣一つとってもフツーの田んぼや段々畑とは作りが違いますねー 発電所のこれを伝ってヘッドタンク跡に登ってみますと…

水圧管路の制水門の根元が残ってました。こっちは水槽側の様子です。

この発電所は荒舟、川中に続く鳥取電燈の第三発電所に当たります。水利権の段取りをする際に鳥取県知事にだけ伺いを立てて用瀬町には断りを入れてなかったらしくて揉めたらしいですわ。

上に書いた140kW増強の時も潅漑用水分を横取りしたとかいう話でした。最先端業種の優越感とシェア独占から来る奢りがあったんかも分かりませんねー

今のY!やケータイのDみたいなもんですよ。もっとも後者は今日びだいぶ汗かいてるみたいですけども…

こちら発電所側。ご覧の通り石造ですわ。階段状になってる部分は実際に水門の点検時にステップとして使われたんかもわかりません。

ヘッドタンクから下を見下ろした様子。下の道は落差の途中にありまして実際の発電所建屋はもっと下にありました。

余水吐きの制水門遺構。こっちは水槽側。

鳥取電燈はさらに2000kW級の第四発電所を用瀬町内に作る計画を立てましたけど町を挙げた大反対の末廃案になりました。先端業種であれ何であれやっぱり地場で営業する以上住民の反感を買うたら立ち行きませんわね。

ただ反対の理由には町営で電気事業をしたい…いう思惑もあったみたいです。自分ちの前を流れてる川で知らんやつが銭儲けをしてんのが面白ろない、そいつに銭を払わんならんのは輪をかけて面白ろない…いう気持ちもあったんでしょうねー

余水路制水門の水路側。薮のせいで何やらようわかりませんけど水門直後で急に向きを変えるように作られております。

下の道に戻りまして少し下流側から水圧管路をみた様子。手前に見えてる短い橋が余水路になります。

その橋の上まで進んだ状況。右に見えるのは発電所の番小屋みたいでした。

冒頭の写真を撮った場所から河原を見下ろした様子。一面の竹やぶですがこの辺が発電所の敷地だったようです。今立ってる場所は廃止後に盛り土されて道路と同じ高さに均されたみたいでした。

それでは続いて水路跡をたどりながらえん堤を探しにまいりましょう。

水路跡とえん堤の痕跡をみる


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