 |
旧加茂町知和といいますと因美線の駅があったな…いう程度しか頭に浮かびませんけど昔発電所があったそうで、ゆくりなくもそのことを知った以上車を走らせることになりました。というても阿波発電所の帰り道ですけど…
これはコミュニティハウスいいまして要するに寄り合い所ですが地元の方によりますとこの裏に発電所の水圧鉄管があったいう話なんですわ。写真をよーく見ると左上に鉄塔の基部が写ってますねー 半鐘の櫓なんですけどこれにご注意いただきまして…
|
 |
ハウスの横に流れ落ちる用水の水。これこそ旧上加茂利用組合知和発電所、のちの中国配電加茂川発電所導水路の成れの果てなのです。それは後ほど説明するとしてまたまた鉄塔の基部が写ってますねー
|
 |
用水の位置からハウスの裏手を見ますと法面に古びたコンクリ製の溝が… これは余水吐きの跡と見受けられます。
|
 |
上に登って今度は例の鉄塔基部から余水路跡を見下ろした様子。知和はこぢんまりとまとまった街道筋の村で郵便局や農協がありますがその並びに発電所跡があります。古地図を見ますと現在農協の建っている位置が昔の村役場で、その隣に発電所があったようです。
|
 |
これが問題の鉄塔の土台。この穴は… 申すまでもありませんねー 水圧鉄管の取り付け部分です。実はこれが知和発電所のヘッドタンクなんですわ。戦争中に廃止されて幾年月、未だに片づけられることなく半鐘の土台として生き延びてました。
|
 |
このシリーズでは何度か書きましたけど「俺は電気を作っとったんやで」と無言のうちに語りかける遺物は発見した瞬間たまらない喜びと感激がこみあげてきます。
いわゆる近代化遺産は城址や古墳と違って作るときの苦労や現役当時の活気、廃止に至った事情、うち捨てられてからの時の流れ…いうもろもろがリアルなんですわ。
|
 |
水圧鉄管方面へ流れていく現用の潅漑水路。位置的にはだいたい発電水路を踏襲してますがいったん埋めた後で作り替えられたものだそうです。
|
 |
その潅漑水路の放流口。向こうに見えるスレート造の倉庫が農協の敷地になります。だいたいこの辺に発電所の放流口があったそうで、その隣いうことはブロック塀のお宅あたりが発電所の敷地になる勘定ですが土地の方に伺いますとだいたいその通りやいうことでした。それでは続いて取水えん堤と水路へご案内いたします。
|