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このダムを見てますと平成の愚合併も行くとこまで行ったかいう気持ちが湧いてきますわ。今やここが岡山市内いう現実を不思議に思わん岡山市民はおりませんでしょうねー
それはともかくこのダムは県営電気事業の第一号プロジェクト。当時の県予算額の7割以上をぶち込んだ大事業は農業県から工業県への転換を図るためのキーストーンでもありました。
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ラジアルゲートを10門も並べますとさすがに壮観ですねー こういう横長のダムは岐阜県に多くて20門から並べてるところもありますが水門多きが故に貴からずです…
今から思えばたかだか2万kW弱の電力ですけど当時そんな水力発電所は岡山県になかったわけですからねー ちなみに当時の岡山県内で作ってた電力は水力火力合わせても11万kWちょいだったそうですからこの計画がどんなにビッグか想像できます。
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これが発電所です。三階部分から出てる橋みたいなのは電線を送電施設に渡すためのラックです。手前の道はダム建設前の旧県道ですが老人の散歩コースになってるみたいでした。
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放水口。全然水が流れてませんでしたのでこの時は発電を停めてたと思われます。水路に渡された橋みたいなコンクリの古び具合が50年の歴史を物語っております。その手前に2本溝が掘ってありますがいわゆる「角落とし」や思います。
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ダムの前にはこんな副ダムみたいなもんがありました。何かぶっ壊した跡が残ってますし1975年に行われた再開発事業で取り壊されたんかもわかりませんけど見苦しいですねー はつるなり何なりすればええのに雑な感じ。奥の放水口はその再開発で新設された定常放流設備です。上に見えているヤグラみたいなのはダム建設の時に使われたバッチャプラントの台座。要するにコンクリートミキサーですわ。こっちは撤去もせんと残してるんですねー
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発電所の門横に置かれていたフランシス水車のランナ。1980年と82年に取換え工事をしてますから多分その時外されたやつでしょう。意外と小さいもんですねー
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上流側は洪水吐の際まで水が貯まってました。この日見た上流部のダムはほぼカラッケツでしたからガメッ放しであまり下に流してないいうことになります。当然水が汚れますんでダム湖に何ヶ所か空気を吹き込むフロートが浮かべてあります。金魚の水槽に入れるブクブクみたいなもんですわ。奥の山側に見えてるのは上記再開発で新設された利水放流のための取水塔でダム下の放水口に繋がってます。
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発電所の取水口はの東寄りに2門ありました。中流ともなるとゴミの量が多くなってきまして手前まで押し寄せてますねー 上流にそれなりの町がある上にこのダム湖自体有名なレジャースポットだからか人間が放ったゴミが多かったです。フェンスと大きなスクリーンで取りのけてますがスーパーのポリ袋なんかはすき間を通ってしまいそうですし発電所の方でもゴミには頭を痛めてるかもわかりません。
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バッチャプラント跡から見下ろした発電所と静水池(みたいな部分)。こっち側は加賀郡吉備中央町(旧御津郡加茂川町)神瀬になります。
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わっちが子供のころ旭川ダムといえば遠足の行き先になるくらいの観光名所でして今でも釣りやなんかでそれなりに人が集まります。これはダム横にあるレストランとかそんなの。泊まれるみたいですが県外の釣り客が使うたりするんでしょうかねー
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発電所で一服してる散歩のお年寄り方と世間話をしてみましたら実はダム建設で退去した方々らしく、元の家がちょうど発電所のあたりにあったそうなんです。どうも昔の住み処が今でも懐かしくて発電所まで杖ついて歩いてはるみたいでした。
さらに「ダムなんか作ったらおえんのじゃー」とおっしゃいますんで聞いてみますとやっぱり溜めた水は汚いらしいですわ。昔は鮎やら何やらぎょうさんおったのに今はさっぱりじゃが。昔ゃー綺麗な水じゃったのに今ぁこんな腐れ水しか流りょーらんが…
旭川ダムの用地買収は非常に難航したいう話ですが今でも退去した方のわだかまりは消えてないのでした。下流では洪水の恐怖が緩和されて安心ですけど地元では別な受け止め方。川への気持ちはわっち共とは格別なものがあるみたいでした。この違いを仕方ない…で済ますのは簡単ですけどダム建設の時に下流側=都市部住民の数の論理や国、県の押し付けがなかったか…
奥津町史に克明に記された苫田ダム建設にまつわる無念の経緯を思い返しますといろいろ考えさせられるところがあります。親族が下流域に住んでる関係上わっちとしては「このダムは要らん!」とは言えませんのですが。
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